標高900mの畑、戸隠での野菜づくり

『農家日記』を付けていますが、その補遺のようなものです。
補遺というよりは、写真も貼り付けたりすれば、野菜づくりについては、こっちの方がメインの記録になるかな? (2017年3月1日)

福平

福平というのは地名(部落名)であり、私の畑があるところです。


このブログで「メインの畑」と書いたのは、あまり具体的な地名を出すのはどうかな?と思ったからですが、今後は堂々と福平と記すことにします。大体が、福々しい地名ですよね。


昨日長野市報と一緒に配られてきたものの中に、長野市戸隠以外の3地区を紹介したリーフレットがあり、大変な興味を持ちました。このようなものは初めて見ますが、よくできています。


旧戸隠村は、戸隠、戸隠豊岡、戸隠栃原、戸隠祖山の4地区に分かれていて、郵便番号が違います。最初の二つが以前の戸隠村で、あとの二つは以前の柵(しがらみ)村。私の住むところは、栃原です。この二つの村は合併し、10年前ですかね、長野市に合併です。


単に戸隠というところは観光地で、日本中から来る人も多いですが、あとの3地区には観光客は、まあ来ません。でも、そこの魅力、見どころを紹介した4ページのリーフレットです。


私が初めて知ったことがあって、それは福平の畑の少し南に何気ない祠があるのですが、これが長野市指定の史跡であることです。


それじゃ、それを見てから畑に行こうと勇んで出かけたのですが、バッグの中を探っても、カメラがない!明日にでも、改めて、、、です。


今日もまた面白くない一日の始まりでした。

笑っちゃうのは、庭の端の満天星のそばに、数日前からかぼちゃが転がっているのですが、毎夜何物かが齧るらしくて、今朝見たらもう半分ぐらいになっていたことです。


これは、メルヘンという品種でした。この寒い場所、寒い家の台所でここまで保存できました。それなら、まともな保存方法でキープして、来年の冬は出荷しよう。その前に、きちんと育てる。


この大き目な一個は、食べられるものなら食べようと取り上げたのですが、丸い腐れ部分があったので、少し前に捨てたものです。そこから今転がっているところまでは、3メートルはあります。カラスでは、その移動は無理、無理。


芯まで冷えてしまったカボチャですが、これを回収しました。出芽するかどうか分かりませんが、ポットに播きます。何しろ、一果に100は下らない種がぎっしりあるのに、カボチャの種も1粒50円ぐらいになる袋種はざらですから、、、、。


今日は福平に今年初めての定植でした。3月1日に200穴トレイ1枚に播いた晩抽サマースカイ(タキイ)です。


定植までずいぶん日数が掛かったこと、またわずかな本数ですから、意味がないみたいですが、私はそうは思いません。


根菜以外は全部セルトレイかポットに播いて、育苗し、定植したいぐらいです。二重手間みたいですが、それも違います。デメリットもあるけど、メリットは3倍ぐらいあります。


早池峰山の麓 タイマグラ 『マサヨばあちゃんの天地』ということ、、、。


先週の金曜日に夫婦一緒に長男が外来担当の診察室に入ったら、「どう?庭にクルマは、もう入れるの?」などと長男に聞かれたので、「入れる。何しろ、どういうわけか雪かきが好きらしい人がいるので、、、」、また「この間は、お母さんも福平に行った」と、私。


それに対して、長男が『マサヨばあちゃんの天地?』、、、と。


その時は何とも思いませんでしたが、昨日長男のその一言をふと思い出して、自分の子供のことながら、その記憶力とその後も何かしらあの番組のことを思っていたかも知れないことに、大いに驚きました。


何のことかと言えば、これは調べたのですが、1991年にNHKで『マサヨばあちゃんの天地』という番組が放送されたのですが、そのころ岡山市にいた我々一家四人はそれを見たた上に、予告で興味を持ったのでしょう、私の好きな筋の内容なので、ビデオに録画して何度か見ました。


テープもデッキも、とっくに処分しました。私は、マサヨばあちゃんが、ようやく電気が来るようになったというので、喜びながらも電力メーターが回るのを気遣わしそうに見る場面を覚えていますが、その時小学生であった長男は、もっといろいろなことを覚えているのでしょう。


タイマグラの何とか地区は、日本で最後に電気が通じたところ、、。だから、この番組が作られて放送されたのでしょうが、たまたま「主人公」のマサヨばあちゃんが何とも言えない人柄、そしてここよりもよほど厳しい開拓地の生活が、強烈な印象を残しました。


もし長男が、あのマサヨばあちゃんを自分の母親に少しでも重ね合わせて思うところがあっても、それは、見当外れではないと、私も思います。物欲はほとんどないという驚くべき一面があったりするので、、、。


いま34歳の長男は、これはだれでもそうでしょうが、幼児の時には親のこっちがびっくりするような記憶の良さを発揮しました。二度目として行く道路の先に、何があると予告したり、、、。


ヒトは一生に一度、ものすごい能力を持っている時期があって、それは幼児期ですね。その時に、過干渉であってはまず、まずい、「過関心」であってもまずいんじゃないかと、私は思います。

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