標高900mの畑、戸隠での野菜づくり

『農家日記』を付けていますが、その補遺のようなものです。
補遺というよりは、写真も貼り付けたりすれば、野菜づくりについては、こっちの方がメインの記録になるかな? (2017年3月1日)

恐るべき混雑

昨日今日と、旧友7名と再会して楽しい時間を過ごしました。


驚いたことは、昨日今日の長野駅周辺の混雑ぶりと、今日の小布施町の混雑・人込みでした。


戸隠で泊まるこの小同窓会では、必ず立ち寄ることに結果的になっている鏡池などは、駐車場も空いていて、何のストレスもありませんでした。


ここは、元々は戸隠山からの湧水が流れていたところを、宝光社地区が堰き止めて溜池を作ったら、戸隠で一番の撮影スポットとなったのです。


それがいつごろのことか、私はよく知りません。週に一回私の畑に手伝いに来てくれるTさんは、宝光社地区の人ですから、今度訊いてみよう、、、、。


我々は、これまで戸隠中社を何故かスルーしてきましたが、今回は行ってみました。参拝したと言えないのは、賽銭を投げ入れてから二礼、二拍、一礼の参拝をきちんとする者も特にいなかったからです。


遠方から来た6名の中には、長い会社勤めのあと、今は東京の富岡八幡宮の元社というべき神社の神職をしている一人もいます。


私が「神官」という言葉を口にしたら、今は「官」という語は避ける傾向で、神職ということが多いと、、、、。皆で、手水の柄杓の扱い方を教えてもらいました。


しかし、私は別に不満ではないけど、手水はきちんと処理したけど、参拝をしない旧友の方が多い。どこまで、真面目なのか、、、、まあ、いい加減なものです。


彼らは、戸隠中社のこの「御神木」には大いに興味を持ちましたが、私が、これと同じぐらいの巨木、つまりはもう2本の御神木があって、全部で3本がほぼ正三角形に植えられていると伝えても、石段を下りていって、それをいわば確認するほどの興味はなし、、、。ま、それでいいです。


一番最初の行程であった、私の畑の真ん中へんのタープテントの中での乾杯と歓談が、7つの腰掛もあり、周りに観光客なりの人がいるはずもなく、1時間半ばかり、もっとも気楽な時間でしたね。


手入れが行き届かない畑に来てもらうことには、私にすごい緊張感がありましたが、私が今では農夫として、毎日の妻の手伝いもあり、週に一度は日当を勿論払って手伝ってもらって、8区画を何とかコントロール下に置こうとしていることには、それは、老年の過ごし方として、凄いじゃないか、羨ましいよ、、、という、リップサービス(笑)



今日は、宿坊を8時前に出立して、上高井郡小布施町に行った、、、。


まず、岩松院という曹洞宗のお寺に行くと、ここには、北斎が描い天井絵がある畳21枚の大きさだというので、相当な迫力と思って期待して行ったら、けっこう大きないなか寺の、ご本尊の前の一区画に過ぎない天井絵だから、あれっ!という私の受け取り方。


とことが、この天井絵は、「八方睨み」の鳳凰図と、岩松院では、案内する。まさに、その通り。


天井画が21畳の大きさのものなら、踏みしめる畳も21枚、、、。そんなに、ひろくhない、、、、。


でも、移動して、天井絵を見上げと、どこから見ても、鳳凰の眼は、しっかりとこっちを見ている、、、。


絵のことは、私はよく知らないけど、打ちのめされました.このあとの行程として、北斎館、高井鴻山(北斎が、83歳の高齢で小布施に来ることになった際の、パトロンの豪農・豪商、、、)、その記念館、中島千波展示ミュージアム、、、、。


3館通用の入場券を買い、2時間ぐらいで見て回る間じゅう、小布施町が、建物の中も外も、なにゆえこのように、あほみたいに混み合うのかというイライラ感と、北斎については、こんな天才画家が他にいるはずがない!でも、ゆっくりとは見られない。


長野駅周辺の駐車場の満車具合と、小布施町へのお客様の多さには、ほんとに恐れ入りました、


今までのやり方通りに、来年はなし、でも、再来年にはまた集合・再会、、、。


このことは、私がそうしましょう!と言ったり、確認すれば、他のメンバーは、それで、よい!再会が、楽しみだ!って、ことになる?


あちこち、中にはイギリスのコーンウォールとか、北部イングランドだかへ、行ったり、もっとi行きたい旧友もいるけど、それは、それ。一年置いて、再来年、またこの戸隠で、、、て、話をつけちゃいました。

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