標高900mの畑、戸隠での野菜づくり

『農家日記』を付けていますが、その補遺のようなものです。
補遺というよりは、写真も貼り付けたりすれば、野菜づくりについては、こっちの方がメインの記録になるかな? (2017年3月1日)

戸隠を回って帰る


培養土がなくなったので、それを買うのがメインの目的で長野に行きました。


生協に加入していますが、まだ忙しくないので週に2,3回は長野(市街)に行き食材も買ってきます。毎日出荷するようになれば、毎日長野に下りますが、時間がもったいなくて、スーパーマーケットなどに寄ってはいられません。


妻は車を運転しません。東京で務めたときに結婚しましたが、そこで免許を取り損ねました、次に岡山市で暮らして、そこでも免許を取り損ねました。こうして田舎暮らしをするには、運転免許は必須といってもよく、痛恨事で、失敗しました。


免許を取らなかったほんとの理由は、妻はメカに弱いというか、運転したら危ないからです。原付の免許なら持っていて、バイクには少し乗りましたが、危ない運転でした。


そういうわけですから、私の運転に同乗しなければどこへも行かれないので、今日は長野から帰るのに、バードラインを走って、戸隠山を見てきました。


ここも旧戸隠村ですが、50年以上前に合併するまでは戸隠でもなんでもない村でした。その”証拠”に、このあたりからは戸隠山は見えません。


久しぶりに見ると、戸隠山は、今では郷土自慢みたいなものですが、神々しいところがあるなと思いました。今日も悪くはなかったですが、もっと空気が澄んだ午前中も早い時間の戸隠山は、はっと息を吞むような神々しさがあります。

戸隠には五つの神社があって、それぞれ祭神もあるわけですが、私が思うのにご神体は戸隠山そのものです。善光寺平からは見えず、千メートル近い高みに至った時に、忽然として屏風のような岩山の偉容が見えてくるところが、平安時代から戸隠が霊場として聞こえた所以だと思います。


左の方に90度ぐらい視線を転ずると、そんなに高くはない山があって、これがあるために戸隠山がこのあたりからは見えないとも言えます。荒倉山です。

私の家からは、これがあってもなくても戸隠山は見えないでしょうが、私の畑はこの山の反対側にありますので、無ければ、見えるでしょう。


帰宅後、午後はゆるゆると庭先の畑で作業でした。庭の先の畑で、妻は枯草の片付けや生きている雑草の除去、私は胡瓜支柱に補強のパイプを通して、骨組みは完成、、、。


培養土を8袋買って来たのに、種播きは、無し。明日はもう一つトンネル畝を作って、その畝には今年初めての直播(じかまき)をしようかな。


『現代農業』の3月号と4月号、、、。特集記事をまだ半分も読んでいませんが、私にとってはちょうどタイムリーなテーマです。







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